
音は、楽しみが少なかった。
冬になると、子どもだちは、いろりを囲んで祖父母の「昔語り」を聞きながら夜を過ごすことを、楽しみの一つとしていた。
祖父が私たちに語ってくれた「昔語り」は、たくさんあるが、その中の話を一つ紹介する。
祖父が、城山の裏手にあたる山を開墾していた頃の話である。
ある日、祖父は、所用のために金沢に行くことになり、朝三時頃に起きて、山小屋をでた。
月は、皓々(こうこう)として、真昼のように輝き、空には、雲一つない暁(あかつき)だった。
祖父は、山を下りて、道が大谷川沿いにさしかかった頃、あたりは、怪しい雰囲気になってきた。よ<見ると、二間ほど前を、赤いちゃちゃこを着て、丈(たけ)なら二尺ほとの小坊主が歩いていた。
祖父が止まると、小坊主も止まり、後ろを振り返って、祖父を見ていた。
祖父が早足に歩くと、小坊主も早足となり、祖父がゆっくり歩けば、 小坊主もゆっくり歩いた。
いつでも、同じ間隔をあけて、小坊主は、 祖父の前を歩いていた。
二の谷を過ぎた頃から、祖父は小坊主の様子がおかしいと思い始めた。
そして、「あれは、小坊主ではない。むじなか、かわうそに違いない。」と思った。
そこで、祖父は、 道のそばにあった石に、 腰をおろし、たばこを出して、火をつけた。
その途端、「パシヤ—。」と大きな音をたてて、 その小坊主は、大谷川へ飛び込んで消えてしまった。
そのあとは、何事もなく、祖父は、山を下りて、無事に金沢へ行って、 所用を済ませてきたそうである。
そして、祖父は、この話をした後で、「けものが、一番恐ろしが
るのは、火である。だから、 たばこに火をつけたのだ。」と話してくれた。