ふるさとの民話 第三話 『大けやきの天狗さん』

むかし、飯川の大けやきの前に、大きな造り酒屋があった。
ある時、その店へ、この辺りではあまり見かけない、 白髪で白い長いひげをはやした老人が、酒を買いに来た。
その老人が差し出した器は、一合か、せいぜい二合ぐらいしか入らないような小さな徳利だった。その上、□は、針で突いたほどの穴しか開いていなかった。それなのに、老人は「この礎利に、酒を一升入れて<れ。」と言った。
店の人は、 あきれて「そんなちよんこい徳利に、一升は入らないし、だいいち、こんなちよんこい穴に、酒も水も入らない。」と言ったが、 老人は、「入るか入らないか、とにかく入れてみてくれ。」の一点張りだっだ。
しばらく、押し問答をしていたが、店の人は、だんだん腹が立ってきた。
しかし、老人は、「もし、入らなくてもお金はちゃんと払う。」と言うので、店の人は、しぶしぶながら、じょうごを適当にあてて、一升ますに、酒をなみなみと静かに傾けた。
すると、不思議なことに、酒は、一滴も漏れずに、見事に針の穴ほどの徳利の□に吸い込まれていった。
見ている一同は、ただ驚いているだけだった。
老人がが出ていくと、一同は話し合って、あの老人は、いったいどこの誰かを調べてみようということになった。
店の使用人の一人が、老人の後をつけた。老人は、知ってか知らずでか、急ぐでもなく、ゆっ<りでもなく、不思議な足どりで歩いていく。だいぶん歩いた頃、使用人が、ふと気づくと、なんと店の前に来ていた。おそらく、飯川の村を一周したのだろう。
やがて、老人は、うしろを振り向くと、にっこり笑って大けやきの中へス—と消えていった。これを見た使用人と店の人たちは、「これこそ、噂の大けやきの天狗さんにちがいない。」ということになり、それから後は、村中の人だちが、大けやきも天拘さんも大事にするようになったという。